華林山 慈恩寺(じおんじ)

慈光寺はさいたま市の町の中にある開けた寺院である。江戸時代には広大な敷地を持っており、現在でもこの辺り一帯には「慈恩寺」の地名が付いた場所が多く残っている。坂東三十三箇所観音霊場の第12番札所となっている。

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慈恩寺について

慈恩寺は、埼玉県さいたま市にある天台宗の寺院である。山号は華林山。院号は最上院。本尊は千手観音菩薩である。坂東三十三箇所観音霊場の第12番札所となっている。
慈恩寺は平安時代の初期の天長元年に最澄の弟子であった慈覚によって千手観音の像が彫られ、堂を建てて安置されたのが始まりとされる。
慈覚は遣唐使となって唐に渡って、長安の大慈恩寺で学んでいるが、慈恩寺はその大慈恩寺にあやかって名付けられたものである。但し、全国に慈恩寺の名前の寺は幾つかある。
江戸時代になると慈恩寺は徳川家康から寺領100石を拝領し、隆盛を極めた。その境内は広く、現在も慈光寺と付けられた住所は多く残っている。その土地のかなりの部分は慈光寺に関係する土地であったのでないかと思われる。地図で慈恩寺の場所を探すと、地名にも慈恩寺の文字が出てくるので非常に紛らわしい。

慈恩寺の地図

住 所:埼玉県さいたま市岩槻区慈恩寺139
春日部と大宮を結んでいる東武鉄道野田線の豊春駅から徒歩25分程度の距離にある。少し距離はあるが、分かりやすい道である。

駐車場は道路の側に作られており、便利である。

慈恩寺の境内

道路の横に直ぐ広い慈恩寺の境内が広がっており、非常に開けた印象の寺院である。正面に大きな本堂が建っているがそれ以外にはあまり見るべきものはない。

慈恩寺の本堂

慈恩寺の本堂

慈恩寺の鐘楼

慈恩寺の鐘楼

玄奘塔

慈恩寺に境内から東南300メートルの地に中国の小説「西遊記」にまで登場する名僧の玄奘三蔵法師の「霊骨塔」が建てられている。
慈恩寺の境内から歩いて5分程度かかるが、歴史上最も有名な僧の分骨塔であるので、参拝することにした。
「西遊記」に登場する孫悟空の活躍は架空の話であるが、玄奘三蔵法師が経典を求めて遠くインドの天竺まで苦難の旅をしたことは真実である。玄奘三蔵法師は多くの経典を持ち帰り、大慈恩寺を拠点に経典の漢訳を行い、中国における仏教の普及活動に努めている。
ここに納められた骨は戦時中に南京で見つかったもので、その一部が分骨され、日本仏教会に贈られたものである。その骨は戦争中の混乱をさけるため、東京から遠く離れた、また、玄奘三蔵法師の活動した大慈恩寺とも所縁があり、大寺院であったこの慈恩寺に納められることになったとのことである。

玄奘塔の門

玄奘塔の門

玄奘塔

玄奘塔

慈恩寺の納経印

本堂の近くの建物で納経印は書いて頂ける。

慈恩寺の納経印

慈恩寺の納経印

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