補陀洛山 那古寺

足掛け25か月に及んだ坂東三十三観音霊場巡りの旅、最後に参拝するのは千葉県館山市にある那古寺である。途中の段階で参拝してもよいが、最後に参拝すると納経帳に結願印を押してもらえるメリットがある。

横浜からの那古寺への行き方はJRやバスの利用などいろいろルートがあるが、最後はのんびりと行こうと思ったので久里浜・金谷間のフェリーを利用することにした。
よく計画せずに出発したので京急久里浜からフェリー乗り場まで適当なバスの便がなく、1,9キロの道を歩いた。なお、フェリーの出発時間に合わせてバスの便があるようだ。
フェリーの旅は気持ちが良い。海を眺めていると晴れ晴れする。乗車時間も40分ほどで丁度よい。

フェリーではドラマの撮影隊と一緒になった。20名程度のスタッフが甲板で動き回り、数ショット撮影していた。俳優は大河ドラマ「おんな城主直虎」にも出演されている市原隼人さんではないかと思った。撮影の合間にはカメラを持って自分でも風景を撮っておられた。女優は顔の知らない人であった。撮影の合間にも付き人が化粧を直していた。乗客は映らないところに誘導されて見ていた。

久里浜金谷フェリー

久里浜金谷フェリー

JRの金谷駅はフェリー乗り場から歩いて10分ほどの距離にある。フェリーもJRも運転間隔は1時間に1本程度。行く時は接続が悪く、金谷で待たせたので、早い昼食にして時間を過ごした。帰りはJRの到着時刻に合わせてフェリーも運航されており、また、久里浜港からのバスの便もよく、効率よく帰れた。

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那古寺について

那古寺(なごじ)は、千葉県館山市にある、真言宗智山派の寺院である。山号は遠く南方の海上にある観音の霊地、補陀洛浄土も望めるということで補陀洛山。本尊は千手観世音菩薩。坂東三十三観音霊場第33番(結願寺)に指定されている。世間からは那古観音として親しまれている。
創建は奈良時代の始め養老元年。元正天皇(女帝)の病気回復を祈って、行基がこの地を訪れ、海中から霊木を得て千手観音を刻み祈念すると、直ちに元正天皇は回復した。喜んだ元正天皇は勅命で、那古山の頂上に伽藍を建てられたと伝えられている。
その後も、源頼朝は本尊の千手観音に帰依して七堂伽藍を建立した。また、足利尊氏や南総里見八犬伝で有名な里美義実からも信仰を集めた。
江戸時代には、鶴岡八幡宮の別当を兼ねて栄えたとのことであるが、何故、寺院が神社の別当になっていたのか理解できない。

那古寺付近の地図

住 所:千葉県館山市那古1125
那古寺の最寄り駅はJR那古船形である。下車徒歩10分ほどで到着する。観音堂は山の中腹に建っているので、見晴らしのよい場所からは観音堂がよく見える。

那古寺の境内

創建当時は、那古寺の主要な堂塔は那古山の山頂近くに建っていたが、元禄16年に起こった元禄大地震ですべて倒壊し、現在の場所に再建された。
現在の那古寺の境内は平地にもあるが、主要な伽藍は館山湾を見渡す那古山の中腹に建っている。あまり高くないので、登るのはさほど大変ではない。

観音堂(千葉県指定有形文化財)

現在の観音堂は、江戸時代中期の宝暦8年に再建された建物である。間口5間、奥行5間の平均的な五間堂である。海に面した方が正面になっている。
観音堂に祀られている本尊の木造千手観音立像は高さ1.5メートルのクスの木の一本造の仏像で、館山市指定有形文化財に指定されている。銅造千手観音立像は鎌倉末期に造られたもので重要文化財に指定されている。

那古寺の観音堂

那古寺の観音堂

多宝塔(千葉県指定有形文化財)

多宝塔は古くて趣のある建物である。観音堂より少し遅れて宝暦11年に再建されている。内部の中央の須弥檀には木造宝塔を置き大日如来が安置されている。

那古寺の塔

那古寺の塔

納経印

那古寺の社務所は平地にあるが、納経印は高台の多宝塔の近くの小さな建物で書いてもらえる。他の寺院の納経印があるか簡単に確認された後、結願印も押してもらえた。

那古寺の納経印

那古寺の納経印

潮見台

観音堂のある高台から更に上に登る道がある。途中に潮音台と山頂へ登る道とに分かれたいるが、潮音台の方が簡単でまた東屋が建ち眺望も良い。

潮音台の展望台

潮音台の展望台

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