哲学の道の基点ー熊野若王子神社

熊野若王子神社は永観堂から5分程度歩いたところにあるどこの町にあるような普通の神社であるが、新島襄、新島八重や山本覚馬など同社関係者の墓所や哲学の道へ行くとき基点となる神社である。それらを訪れるときは熊野若王子神社を目指してくると分りやすい。

アクセス方法

市バス 永観堂前下車徒歩約5分
市バス 東天王町下車徒歩約5分

熊野若王子神社付近の地図

京都市左京区若王子町2

熊野若王子神社

熊野若王子神社は熊野信仰にまつわる神社で京都三熊野の一つである。後の二つは熊野神社、新熊野神社である。平安時代後期、阿弥陀信仰が強まり浄土教が盛んになってくる中で、熊野の地は浄土と見なされるようになった。1160年(永暦元年)後白河法皇は都における熊野信仰のよりところなる神社として、熊野権現を禅林寺(永観堂)の守護神としその祈願所として設置されたのが熊野若王子神社である。「若王子」というのは熊野の新宮という意味を持っていて、「熊野権現の若宮」とも云われている。

明治の頃までは、境内に熊野に関連する本宮・新宮・那智・若宮などの社殿があったが、現在はすべて纏められ一社だけになっている。

熊野若王子神社

熊野若王子神社

同社関係者の墓所

熊野若王子神社の横の道から山道を20分強登ると新島襄、新島八重や山本覚馬など同志社関係者の墓所がある。墓所は登りのきつい本当の山の中であるが、当時の京都では仏教関係者の力が強く、キリストの墓所はよい場所には作れなかったのであろう。墓所には水道設備はなく、お墓に水をあげる場合は、この熊野若王子神社で水を調達する必要がある。

熊野若王子神社

熊野若王子神社

哲学の道

南禅寺の境内の中を流れてきた琵琶湖疏水の水は、永観堂の地中を流れ、熊野若王子神社の横で地上に顔を出し、銀閣寺道バス停付近の白川通今出川交差点まで流れている。この流れに沿って桜が植えられ桜並木となっている。この疎水の横の道は哲学者西田幾多郎が散策、思索にふけったということから哲学の道として有名になり、日本の道百選にも選ばれている。

哲学の道

哲学の道

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