レクチャー「ピアノの歴史」2の感想

1月27日横浜みなとみらい小ホールでレクチャーコンサートシリーズ「ピアノの歴史」の第2回目があり、聴講した。今回は「謀略家としてのハイドン」を表題にしたレクチャーとハイドンのピアノ曲の演奏があった。講師は阪大の伊東信宏助教授、演奏はBS放送の「ぴあのピア」にも出演されている山名敏之さんと奥さんの山名朋子さん。

ハイドン時代の鍵盤楽器

今回は当時のピアノの環境を踏まえてハイドンの音楽を考える程度の内容であった。「謀略家」との表題は単調であると思われているハイドンの音楽に目を向けさせるための伊東先生の謀略である。ハイドンの時代はピアノが発明されてから半世紀ほど経っていたが、まだ、鍵盤楽器としてクラヴィコード、チェンバロ、フォルテピアノが共存していた。レプリカで三つの楽器を聞き比べたがフォルテピアノは改良が進み、この時代はフォルテピアノ最も表現力が優れている楽器になっているように感じた。

クラヴィコード

クラヴィコードは音量が小さく演奏会で使用するのは無理である。しかし、家庭で聞くには十分な音量であり、音の強弱がつけられること、体積が小さく、多分一番安価であったのだろう、現在のデジタルピアノのように家庭用の楽器としてまだ生き残っていたようである。バッハもハイドンも家庭での作曲はクラヴィコードを使用していたとのこと。

チェンバロ

チェンバロは歴史も長く、楽器としての地位を確立していたので、当時もまだ多く使用されていたようである。チェンバロは音の強弱は上下2段の鍵盤だけでしかできないので、多彩な音の強弱による表現が要求されるような曲には不向きのようである。バロックの鍵盤音楽はチェンバロの特性を考慮し、音の強弱とは別の方法で曲に表情をつけていたとのことであるが、具体的にどのような方法なのかまでは理解できなかった。これからの勉強課題である。

フォルテピアノ

フォルテピアノはこの時代になると機械的にも安定してきて、最も表現力が優れた楽器になっていたようである。しかし、現在のピアノと比較すると響きが早く減衰する(鍵盤を叩いてから早く音が無くなる)ので、音の余韻を楽しむような曲には不向きだが、音のテクスチャー(瞬間から瞬間に連なる響きの流れ程度の意味か)を理解するには、現在のピアノでは響きに埋没してしまうのでこの時代のフォルテピアノの方が向いているとのことであった。ハイドンの曲にも旋律の方向性が分からなくなる部分があるが、そのようなところはフォルテピアノで聞く方がよく理解できるとのこと。素人の私にはまだ理解不可能な部分である。

ハイドンの音楽

ハイドンの曲はクラヴィコード、チェンバロ、フォルテピアノのどれで弾いてもよいとのことであるが、部分的にはチェンバロには不向きなところが出て来ているようである。生活的には公爵の楽長を長く務めた関係で、雑務が多く、作曲に専念する時間はあまりなかったとのこと。新しいアイデアも複数の曲で次第に練り上げらていったとのことである。

ハイドンの曲が単調であるというのは宮廷生活で忙しく、公爵の意向にあまり逆らわないように作曲したためかもしれない。しかし、中にはベートーベンを思わせるような激しい表現もあり、先駆けとなったようなところもある。特にロンドを訪れたあとは、更にピアノが改良されたていたこと、自由な生活であったことなどが影響してかその傾向が強いと感じた。

今回のレクチャーで音の強弱や響きの減衰する時間によって表現方法が変わって来ることを知ったので、今後は作曲家の時代のピアノの性能を考えながら鑑賞したい。

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