滑河山 龍正院(滑河観音)

龍正院(りゅうしょういん)は、利根川の近く千葉県成田市滑川にある天台宗の寺院である。
本尊は十一面観世音菩薩で、坂東三十三観音霊場の第28番札所となっている。世間からは滑河観音として親しまれている。郊外の道路沿いにある寺院であるが、建物は古く趣があり、観音霊場の雰囲気が漂っている。
成田空港に降りる飛行機の通り道になっているのか、上空を高度を下げながら成田に着陸する飛行機をよく見かける。

龍正院の本堂

龍正院の本堂

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龍正院付近の地図

JR成田線滑川駅から徒歩20分強程度の距離にある。成田線の電車が1時間に1本程度の間隔で運転されているので、急ぎ足で参拝すれば丁度次の電車に間に合う距離である。
駅から方向さえ間違わなければ1本道なので、迷うこともない。20分程度歩けば滑川観音の交差点に着く。龍正院は交差点の角地に建っている。
道路沿いには家が並んでいるが近くには利根川の本流が流れ、ゴルフ場もあり、自然豊かなところである。

龍正院について

龍正院は、千葉県成田市滑川にある天台宗の寺院である。山号は滑河山。本尊は十一面観世音菩薩で、坂東三十三観音霊場の第28番札所となっている。世間からは滑河観音として親しまれている。
龍正院は円仁(後の慈覚大師)が開基したと伝えられている。円仁は伝教大師最澄の弟子となったのち、東国巡礼の旅に出ており、東北地方には、この時に開基した寺院が多い。龍正院もこの頃、関係があったと思われる。
円仁はその後、唐に渡り9年間長安に滞在している。その後、中国の有り様を紀行日記「入唐求法巡礼行記」全4巻にまとめているが、その書はマルコポーロの「東方見聞録」、玄弉三蔵の「西遊記」とともに、三大旅行記として高く評価されている。
なお、本尊の十一面観世音菩薩については以下のような伝説が残っている。
平安時代の承和5年にこの地方がやませが吹き荒れたのか冷害で大凶作になった時、滑河城主であった小田将治が現状を憂慮して、法華経の読誦をして天候の回復を祈願した。
結願の日に「朝日姫」と名乗る少女があらわれ、「汝の願いごとかなうべし」と小田将治を朝日ヶ淵に案内した。そこに老僧がいて、身の丈一寸二分の小さな十一面観世音像をすくい上げて小田将治に与え、「この淵より湧く水をなめよ」と教えて立ち去った。これが滑川の地名の由来である。その後天候も回復し作物も実ったと伝えられている。
後にこの観音様は定朝作の一丈二尺の本尊の胎内に納められた。

龍正院の境内

仁王門

仁王門は室町時代の文亀年間に再建されたものである。飛騨大隅の作といわれる八脚門で茅葺き寄棟造りである。木造りの簡素な建物である独特のも向きがある。この仁王門は桃山期の建築様式として貴重であることから国の重要文化財に指定されている。

龍正院の仁王門

龍正院の仁王門

本堂

本堂は銅板葺き、方五間の宏荘な建物で、江戸時代の元禄9年建設されたものである。千葉県有形文化財に指定されている。

龍正院の本堂正面

龍正院の本堂正面

龍正院の納経印

境内の端の方に社務所があり、そこで書いてもらえる。

龍正院納経印

龍正院納経印

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