海上山 千葉寺

千葉寺(せんようじ、ちばでら)は、千葉市中央区にある真言宗豊山派の寺院である。山号は海上山。本尊は十一面観音で、坂東三十三観音霊場の第29番目の札所となっている。千葉市で、「千葉」という名前を持った由緒ある寺院である。

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千葉寺について

千葉寺は真言宗豊山派の寺院。山号は海上山。本尊は十一面観音で、開基は行基。坂東三十三観音霊場の第29番目の札所となっている。
千葉寺縁起によると飛鳥時代の和銅2年に行基がこの地を訪れたとき、池田の郷に金色に輝く池があり、栴檀の香りが漂った。さらに池の中央に雲が集まり、「三界六道、皆令解脱」という声が聞こえたので、不思議に思っていると、風が吹いて雲が晴れ、千葉の青蓮華が生じて、十一面観音が説法している姿を感得した。歓喜した行基は丈六の十一面観音像を彫り、唐の西明寺の宗鑑大師作の観世音菩薩の腹中に安置した。また、青蓮華の花を都に送ったところ聖武天皇から「三界六道青蓮千葉寺」の勅額を賜った。それにより、その後、この寺を海照山千葉寺と命名したという。その後、十八間四面の観音堂が建立されるなど、千葉寺は繁栄した。
奈良の大仏の建造に尽力したことで有名な行基が創建したと言われている寺院は全国に数多くある。この忙しい行基が観音像を彫ったとはとても思えないが、全国に多くある「千葉」という苗字や地名はすべてこの辺りの地名から発祥しているようであり、当寺が奈良時代から千葉寺と命名されていたことを思うと非常に由緒を感じる。
その後、千葉常重が千葉猪鼻城に移ってから千葉寺は千葉氏の祈願所となり、堂宇の修築などが行われた。また、頼朝が伊豆石橋山の戦いに敗れて安房に逃れ、再挙する際に千葉寺に祈願している。頼朝は後に、源家を再興できたのはひとえにこの観音さまのおかげと思い、千葉常胤に命じて運慶作の愛染明王を寄進している。

千葉寺付近の地図

住 所:千葉県千葉市中央区千葉寺町16
千葉市街のど真中にある寺である。しかし、周囲は高台になっており、寺としての環境はよい。
千葉駅からバスの便もあるが、私は京成千原線の千葉寺駅から歩いた。徒歩10分程度である。

千葉寺の境内

本堂

千葉寺の建物は創建以来度々焼失している。最近では太平洋戦争で空襲を受け、多くの建物が焼失しまっている。
本堂は昭和51年に再建されたもので、桃山式の鉄筋コンクリート造りである。

千葉寺の本堂

千葉寺の本堂

仁王門

江戸時代の文政11年に建設されたもので、千葉寺の中で一番古い建物である。

千葉寺の仁王門

千葉寺の仁王門

公孫樹

境内に行基の時代からあるという立派な公孫樹がある。鎌倉八幡宮にあった公孫樹より大きいとのこと県指定の天然記念物にもなっており見事である。

千葉寺の大銀杏

千葉寺の大銀杏

千葉寺の納経印

千葉寺納経印

千葉寺納経印

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