京都山科毘沙門堂

山科毘沙門堂

山科毘沙門堂

京都山科の北側の山裾に位置する毘沙門堂は桜や紅葉の美しい寺院である。決して大きな寺院ではないが境内の建物は近世の門跡寺院特有の景観を伝える貴重な遺構であり、その多くが京都市の有形文化財に指定されている。

アクセス方法

JR、京阪または地下鉄の山科駅で降りて、京津線の線路沿いの細い道あるいは旧東海道を大津方面に行くとJRの線路を越えられる道にでる。山に向かい1キロほど歩くと毘沙門堂である。中間ほどに山科疎水を渡る橋があるが、山科疎水も桜や紅葉が美しい所である。詳細は別ページ。また、その先にある瑞光院は赤穂藩主の浅野と関係深い寺で、大石内蔵助が同志と復讐について密議した場所にしたと言われている。

毘沙門堂付近の地図

京都市山科区安朱稲荷山町18

毘沙門堂の入口の碑。

山科毘沙門堂の碑

山科毘沙門堂の碑

毘沙門堂は山科盆地を見おろす山腹にあるが、山裾は紅葉の木が多い。

山科毘沙門堂の門の外

山科毘沙門堂の門の外

本堂はこの高い階段の上にある。普段はこの仁王門から入る。急な階段なので、少し疲れる。

毘沙門堂の階段

毘沙門堂の階段

勅使門に通じる参堂。但し、この勅使門は天皇の勅旨など特別のことがない限り開かれない。横から入ることになる。

山科毘沙門堂の参堂

山科毘沙門堂の参堂

毘沙門天が祀られている本殿。境内はあまり広くはない。

毘沙門堂の本堂

毘沙門堂の本堂

毘沙門堂について

毘沙門堂は護法山と号する天台宗の門跡寺院(皇族・貴族が住持を務める格式の高い寺院)。創建は飛鳥時代の大宝三年(703年)文武天皇の勅願で僧行基によって開かれた。当初は御所の北方にあって護法山出雲寺と言われた。その後、戦乱から寛文五年(1665年)山科安朱の地に再建された。天台宗の宗祖で比叡山を開いた伝教大師最澄が作った毘沙門天を安置したことから毘沙門堂と呼ばれるようになった。その後、後西天皇の皇子であった公弁法親王が入寺し、門跡寺院となった。天台宗五箇門跡・京都五箇室門跡(青蓮院、三千院、毘沙門堂、曼殊院、妙法院)の一つ。

宸殿前には「般若桜」と呼ばれる立派な枝垂桜。樹齢100年を越えると言われている。満開時には華麗な眺めとなる。

 山科毘沙門堂の枝垂桜の木

山科毘沙門堂の枝垂桜の木

上から見た紅葉。

境内から見た紅葉

境内から見た紅葉

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